私にとってジョギングは依存の一つ?

 2009-01-07
ジョギングの習慣が身についてから、

自分に起こった変化の一つに、

音楽を聴く量が減ったことが挙げられる。


それまで、私はかなり音楽を聴く時間が長かった。

実際は「ながら」で、家にいる時には、音楽を聴きながら何かをしていた。

自分の気持ちや季節に合わせて、聴く音楽の選択肢があったりした。

まさに、「No life, No music」であった。

特にJazzやFusionなどのインストゥルメンタルが中心。


ところが、ジョギングを始めてから、無音で何かをしていることが多くなった。

自分自身でも、不思議に感じ、どうしてか考えたが、

私は、依存傾向が強いのかもしれない。

以前は音楽に依存し、今はジョギングに依存している。

お酒を飲むことが好きな人が、飲みに行くのと同じで、

それがお金がそれほどかからず健康に良いだけのこと。


「依存がある人は精神的に弱い」、と今まで思っていたが、

自分自身がそうであったことに気付くと、不思議な気分である。


ジョギングが依存の対象から卒業できるようにならなくては、

まだまだ、人間としてもランナーとしても未熟と思えてきた。



ジョギングは、坐禅のような意味合いも私にはあるのかもしれない、

このことに気付いたのだから。



練習メモ

一昨日は、公園3周と、100mを5本で、10.4km
昨日は休息として
今日は公園6周 15.8km
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