東京マラソン・・その4、ゴール後の感動

 2009-04-06
道路から右折して敷地に入ると、その先にゴールゲートが見える。

いつもながら、少しでも早く到達するよう、ここに来てからラストスパート。
(でも端から見たら全く変化無いと思うが)


私は走っている最中に、ゴールしたらあることをしようと考えていました。


それは、


「顔を合わせたボランティア全員に、

『ありがとう』と言おう」



ゴールをしたら、座るような広場も無いので、
とりあえず、立ったまま両膝に手を当てる様に下を向き息を整える。

マラソンを完走した頃には、何とかゴールまで辿り着くことに必死で、
以前にも書いたが、もう邪念も見栄も欲も無くなる

とりあえず、「終わった」と、心の中でつぶやき、
後からゴールする選手がいるので、前へ進む。


ここからが、この東京マラソンの一番のハイライトコースが待っていたのだ。

進む道が狭い2列(どちらも同じで自由)のどちらかに進むと、


「おめでとうございます」と笑顔で
靴の計測チップを外してくださる。
足を突き出して外していただくなんて、失礼なので、
「ありがとうございます」といいながら自分で外したが、
遠慮しなくて良いですよ、と手を貸してくださった。


その先へ進むと、チップを回収しながら、

完走メダルを首へ掛けてくれる

  「おめでとうございます」拍手と笑顔で迎えられ
  ひとりひとりに「ありがとうございます」を言う

その先へ進むと、完走記念のタオルを掛けてくれる。

  「おめでとうございます」拍手と笑顔で迎えられ
  ひとりひとりに「ありがとうございます」を言う

DSCF4873.jpg

アミノバリューをどうぞと差し出してくれる

  「おめでとうございます」拍手と笑顔で迎えられ

  ところが、ありがとうが・・・声にならない


東京水のペットボトルも差し出してくれる

振り返るとこんな感じ
DSCF4874.jpg

  ひとりひとりにお礼を言おうとすると、

  涙がどんどん出てきて、声にならない。

  大人になって、こんな感情、記憶が無い。

  涙が出てくる自分に大混乱。

  何で涙が出るのかが、自分で全く判らない


  自分が完走したことなど、どうでも良いことである。

  それどころか自分に酔っていては勿体無い。


バナナを差し出してくれる

  もう言葉にならないので、ひとりひとりに抱きついて感謝を伝えたいくらい。


ミカンを差し出してくれる


企業からエアーサロンパスもプレゼント
  

ビッグサイトの中に入り手荷物返却スペースで手荷物を受け取る。

まったくもってスムースな誘導。
ここでも、ボランティアの方々へ「ありがとう」を言いながら涙が止まらない。

DSCF4875.jpg

因みにタイムは
5km 28分  スタートラインまでが4分くらいかな
10km 49分 
15km 1時間11分
20km 1時間34分
25km 1時間57分
30km 2時間21分
35km 2時間47分
40km 3時間15分  
Finish 3時間27分 初フルと同じ

今回、タイムに固執しようとせず、
ボランティアの方々への御礼を伝えたいと思いながら走ったことが、
思わぬ感動という、お金を出しても用意しても味わえない感情を
もたらしてくれた。

走ることで、とても貴重な経験をすることが出来た自分は幸せ者だと思う。



東京マラソンの一番すばらしさは、

ゴール後のここの花道。


完走し、邪念も見栄も欲も無い空っぽになり、

ボランティアの方々への感謝の気持ちで通るこの花道のために、

42kmが必要だった
んだなと、後になって思います。


来年は、今年出走できなかった方の番です。

このタオルとメダルを見ると、そのゴール後のことを思い出します。
DSCF4988.jpg


この大会に出て、不便さや面倒を感じたことは、一切ありませんでした。

これは、主催の東京都の方の気迫に満ちた思いが万全の体制に形を変えたものだと思う。

しかし、体制(仕組み)だけでは100点が最高の評価だが、

意欲を持った笑顔のボランティアの方の自主性が加わり、

100点満点を大きく超える結果をもたらしてくれたのだと感じています。


東京都のスタッフの皆様、ありがとうございます。

  これからは、仕事をもっと頑張ってたくさん納税できるよう頑張ろうと思います。
  えっ?

ボランティアの皆様、本当に感謝の気持ちでいっぱいです、

  来年は、自主的にボランティア側にまわり、ランナーの方々を支えたいと思います。

  連続で出場しようなどと考えては失礼に感じてきました。


帰りに、豊洲で応援してくれていたチームサンタさん達に
もお礼が言いたくなり、飲み会に潜入。

天候はいまひとつでしたが、最高の日になりました。
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