大菩薩峠に想う
2008-08-19
続きの記事を更新しようと格闘していたが、障害が発生している事が判明。「分水嶺」という言葉が、なぜか私は好きだ。
この言葉を思い出すとき、多摩川水系に育った私は大菩薩峠をイメージする。
中里介山著の『大菩薩峠』の始まりの一節。
「標高六千四百尺、昔、貴き聖が、この嶺の頂に立って、東に落つる水も清かれ、西に落つる水も清かれと祈って、菩薩の像を埋めて置いた、それから東に落つる水は多摩川となり、西に流るるは笛吹川となり、いずれも流れの末永く人を湿おし田を実らすと申し伝えられてあります。」
峠の周辺の雰囲気が、大き目の石がゴロゴロしていることもあってか、
神聖な気分になるところである。

右が富士川水系、左が多摩川水系。
右下から、選手が走って登ってくる。
私にとって大菩薩峠は、「自分の源流」
とでも言いたくなるような、神秘を感じる場所なのである。


